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 前編はこちら「オーパーツ「ヴォイニッチ手稿」と「薔薇十字団」 前編 (1/2)

 さてヴォイニッチ手稿の神秘性や面白さは十分わかったのだが、まだまだ謎は残っている。
 内容の理解において最大のヒントとなるのは「書き手」の情報であるのは当たり前だが、ヴォイニッチ手稿ではその特定にまで至っていない。写本や手稿というのは手書きのコピーであるがゆえに年代も分かりづらいのだ。コピー元である正本はもちろん見つかっていないのだ。
 後編では暗号解読の歴史、書き手の存在、薔薇十字団との関わりなどを探っていきたい。

 

暗号解読の話は有名

 ヴォイニッチ手稿と言えば暗号解読、解けない事がこの手稿のオカルト的価値を高めていると言えるだろう。なぜなら世界中の誰もが解いた事の無い、そして解いた時に真実を知ることをできるからである。
 数々の暗号解読専門家が挑戦してきた歴史がある。その全てが最終的には解読には至らず、謎は残っている。

1945年ウィリアム・フリードマン

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 ヴォイニッチ手稿解読といえばまず1945年のウィリアム・フリードマンを紹介する。ウィリアム・フリードマンは暗号の天才と呼ばれ第二次世界大戦時には外務省のパープル暗号を解読したことでも有名である。
 しかし、そんな彼であってもヴォイニッチ手稿の暗号は解けなかった。
 代わりに彼が出した結論というのは「人工言語」であるという説であった。これは通常発生する「自然言語」と呼ばれる、私たちが使用している言語とは対照的に人間が人工的に作り出した言語という意味である。フリードマンが考えたのは当時流行っていたとされるアプリオリ言語(分類学的言語)ではないかという説である。

 

1987年レオ・レヴィトフ

 1987年にレオ・レヴィトフが出版した著書にも解読したという事が書かれた。浴槽に浸かった女性の絵を南フランスで栄えたカタリ派の「耐忍礼の儀式」とし、書かれた文字はフラマン語を基にしたクレオール言語で書かれているとした。
 残念ながら彼の説にはボロがあったため、誤りに過ぎなかったとされている。

 

2014年ステファン・バックス教授

 ヴォイニッチ手稿の解読に関して、特に最新の記述と見れるのは2014年だ。ベッドフォードシャー大学の言語学者、ステファン・バックス教授が発表した論文で以下のように述べている。

描かれている挿し絵の植物のアラビア語名およびヘブライ語名、またその他の中東の言語における呼称を手稿中の文字の出現パターンに当てはめる手法によってヴォイニッチ手稿の一部解読に成功した。
印欧語族に属する言語ではなくセム語族あるいはコーカサス諸語に属する言語、または更に東のアジア人の言語で記されている

 しかし、解読されたのは一部であり、それが正しいかどうかは不明だ。

 

作者は誰なのか

 この手稿、暗号以外にも誰が書いたのかという点も謎に包まれている。
 当初は驚嘆的博士と呼ばれたイギリスの哲学者ロジャー・ベーコンが書いた説が有力とされていた。しかしベーコンが生存していたのは1214年-1294年である。これではもちろん先述した年代測定結果である1404年-とは噛み合わない。もちろん、ヴォイニッチ手稿はヴォイニッチ写本(Manuscript)手書きのコピー本とされている点から誰かが書き写したものとしているため、ロジャー・ベーコンが書いたという説が消えるわけではない。

ロジャー・ベーコン

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 ロジャー・ベーコンはイギリスの学者である。ベーコンは神学以外にも力を入れており、数か国語をマスターしていた、さらに数学、光学、化学に関する記述もある事からヴォイニッチ手稿でみられる宇宙的、神話的な描写についても可能性は十分ある。
 ロジャー・ベーコンとする説では薬草学についての見解を暗号化しているとされる、複数の薬草を混ぜ合わせるような描写は実験観察の描写のようにも見られる。
 文字部分については薬草学を暗号化して書いているとも、独自の元素構成などの表現を示しているとも言われる。

 

エドワード・ケリー

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 エドワード・ケリー(1555-1597年)はジョン・ディーと呼ばれる錬金術師とペアで活動をしていたとされる霊媒師である。その実は、当時流行っていた錬金術ブームに乗っかって胡散臭い商売をしていた詐欺師という説もある。

 彼が28歳の頃、「ダンスタンの書」なる錬金術書と大量の赤い粉末を持ってきたという。ケリーとディーは、これにより卑金属を金に錬成できる力を得たとされた。そして彼はヴォイニッチ手稿の最古の記録として残っているルドルフ2世に、認められる事になる。ルドルフ2世はケリーの金錬成の力を得ようと「王国男爵」といった地位でのラブコールを送るが、ケリーはそれに応じずに捕らわれてしまう。
 その後、金錬成に同意したために一度は釈放されたが、結局のところ金錬成に失敗したため捕らえられてしまう。その後は、脱走に失敗したために殺されたとも、獄中死だったとも言われている。

 そんな経歴の胡散臭いエドワード・ケリーがルドルフ2世に気に入られようと制作したのがヴォイニッチ手稿というわけだ。

 

ジョン・ディー

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 ジョン・ディー(1527-1609年)は24歳になると宮廷占星師として活躍した。
 53歳のころ水晶玉観照による心霊研究の成果として、大天使ウリエルとの交霊を実施する。水晶玉に現れるのは天使たちだとし、その天使たちは独自の言語で話したという。後にエノク魔術(Enochian magic)として確立されることとなる。
 この天使たちが用いる言語というのが「エノク語(Enochian Language)」と呼ばれ、後の研究によりデタラメではないとされている。アルファベットに似た文字数を組み合わせられて作られる単語は、ウィリアム・フリードマンが提唱した人工言語、アプリオリ言語にも通じる。

 その後、前述したエドワード・ケリーと組むこととなる。当時二人の年齢は28歳と56歳。各国を渡り歩きは魔術や錬金術を披露し、様々な貴族たちとの繋がりをもっていたとされる。
 ヴォイニッチ手稿の取引記録ではジョン・ディーからルドルフ2世に渡っている事も見逃せない情報だ。
 ジョン・ディーがヴォイニッチ手稿の正本から書き写したとも考えられるし、独自の言語で制作したとも考えられる。エドワード・ケリーが制作した説と比べるとその書かれた内容に差が出ることも重要なのだ。二人がルドルフ2世を担ぐために共同制作した可能性も残るが、内容的にはデタラメではなく何らかの思想や学術が書かれている可能性が高くなる。

 

薔薇十字古式秘教結社

 1610年ごろから神聖ローマ帝国内で密かに出回っていたとされる著者不明の怪文書『全世界の普遍的かつ総体的改革』とその付録『友愛団の名声』にその存在が書かれている。wikiによるとこう書かれている。

人類を死や病といった苦しみから永遠に解放する、つまり不老不死の実現のために、120年の間、世界各地で活動を続けてきた「薔薇十字団」という秘密結社、それを組織した創始者「R・C」あるいは「C・R・C」と呼ばれる人物の生涯が克明に記されていた。

錬金術や魔術などの古代の英知を駆使して、人知れず世の人々を救うとされる。起源は極めて曖昧だが中世とされ、錬金術師やカバラ学者が各地を旅行したり知識の交換をしたりする必要から作ったギルドのような組織の1つだとも言われる。

 不老不死については錬金術の最高目的とされたことや、ヴォイニッチ手稿作者の可能性があるエドワード・ケリーが行おうとした金錬成などは文字通りの錬金術である。
 薔薇十字団では暗号は使われていたとされる。おそらくそれはコードやサイファのような比較的簡単なものではなくノーメンクレイタと呼ばれる複合的な暗号であるだろう。ノーメン(nomen:名称)クレイタ(calator:呼ぶ者)は単語、音節、名称に対応するコードワードと、サイファ・アルファベットのリストを組み合わせた秘匿システムだ。
 ヴォイニッチ手稿に使われた言語もノーメンクレイタの可能性があるとすれば解読は難しいだろう。

 薔薇十字団の不老不死研究や各地を旅し知識を交換していた点など、ジョンとエドワードの活動と共通する点も多い。
 怪文書『全世界の普遍的かつ総体的改革』がジョン・ディーの死後1年で出回ったという点も見逃せないだろう。薔薇十字団は伝説や神話の中の存在だと認識されているが、果たして本当にそうだろうか。
 現在も薔薇十字団の思想を引き継ぐ集団や、エノク魔術などの研究はされている。これがヴォイニッチ手稿を解読する手掛かりになるはずだ。

 

謎は謎のままで

 薔薇十字団もヴォイニッチ写本も、ある種のアート(アウトサイダー・アート)とする考え方もあるだろう。
 もしヴォイニッチ写本が何の意味もない本であったとしたらどうだろうか、私は残念である。

 もし解読できたとしても、その内容が今日までの歴史に見合うモノなのかどうか発表を悩むだろう。
 暗号の解読を望む一方で、できれば謎のままがいいなと思うオカルテック小林であった。


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小林RH

編集長オカルテック
ネットゲーム、アナログゲーム、ギャンブル、ダイエットなどの記事をメインに オカルトといえばホラーなイメージを覆すため日々執筆中 「オカルトとは誰でも楽しめるエンターテイメント」