(写真は今年の住吉祭の写真です)

 巷の話題作『シン・ゴジラ』を見てきました。しかも初4DXです。
 端的言うとヲタク向けの映画であり、ヲタクならばだいたい楽しめると思います。逆に大衆らしい大衆気質の人には何が面白いか、もしかしたらさっぱり分からないかもしれません。しかし、そこがこの作品の良いところだと思います。
 徹底的にクリエイターが作りたい物を作った。そういった作品が高い評価を受けているのはとても嬉しいです。これからもクリエイター自身が自分の価値観を信じて、尖った作品が世に出てくれることを期待します
  
(ここから先はネタバレ注意)
 
 

ヤシオリ作戦という神退治

 怪獣映画、ミリタリー、政治や庵野作品としてなど、ありとあらゆる視点でこの映画の品評、批評は既に成されています。という訳で、私としては民俗学の思想から語ってみようと思います。
ヤシオリ作戦という神退治
 まず、シン・ゴジラが神話における神退治の物語であることは作品中にてうかがいい知ることができます。
 それがヤシオリ作戦という作戦名です。ヤシオリとは八塩折酒から来ていると考えられます。八塩折酒とは、スサノオがヤマタノオロチを退治するときに使った非常に濃度の高い酒のことです。凝固剤を酒に見立てている訳です。

 また、ヤマタノオロチ退治に対する見立てはこれだけではありません。一瞬のことなので聞きづらいですが、作戦分隊の名前がアメノハバキリとなっています。アメノハバキリはヤマタノオロチ退治で使われる剣の名前です。つまり、ヤシオリ作戦とはゴジラというヤマタノオロチを退治する作戦という訳です。
 

ゴジラという神様

 作品中で語られていますがゴジラの語源は教授の故郷の神様を表す言葉だとされていますが、正しく、ゴジラは日本の神様の在り方を示しています。 日本の神様とは地震であり、洪水であり、台風です。すなわち、日本の神様の根源は自然災害、もっと言うなら自然災害に対する恐れです。
 これだけ科学が発達してもなお自然災害の完全予知は難しく、被害はゼロにできません。自然災害と対話することはできず、自然災害をこちら側として理解するすることもまた不可能です。自然災害とはそういうものであり、ゴジラもそういうものです。
 古代的な考え方ならばゴジラを祀り、崇めるでしょう。しかし、現代だからこそ、人間は神にただ指を咥えて黙っていませんし、超常の存在に対して怖れを持ちながらも足掻く姿はとても日本人らしいものです。

 

海から来るゴジラ

 ゴジラは海から来ます。これもまた実に神様、あるいは超常の存在らしいと民俗学的に言えます。
 海とは人間の共同体の外側に位置するものです。すなわち、境界の向こう側であり、あちら側の存在です。
 境界の外側とは人間の理解を超えたものであり、そこから来たるものとは埒外の存在です。

 ゴジラは核という技術を神格化したものと言えましょう。しかし、今の私達は怖れるだけではなく、神に抗う力を持つことを忘れてはいけません。天才がいなくても集団で神に抗うのが我々のやり方なのです。


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阿久野

境界論を主軸に民俗学、錬金術、魔術、宗教学など。 ねこさんを崇めよ。